鹿児島で唯一の釜炒り茶を製造。前鶴製茶。

鹿児島で唯一の釜炒り茶を製造。釜茶房まえづるの「さえあかり」。

鹿児島県日置市にある「釜茶房まえづる」。現代では非常に貴重な「釜炒り茶」を製造している茶農家です。

釜炒り茶とは、15世紀頃に中国から伝わったとされる歴史あるお茶づくりの技術。この技術を持つ茶農家は、全国的に見てもごく僅か。稀少な技術を持つお茶のつくり手が、一体どんな人なのか。どんな想いでお茶をつくっているのか。現地を訪ねてみました。

県内唯一、釜炒り茶のつくり手のもとを訪ねる。

鹿児島空港から車で1時間半ほど。山々に囲まれた自然豊かな場所に、釜茶房まえづるはあります。

私たちが訪れた5月中旬は、ちょうど一番茶づくりが一段落したタイミング。南西のあたたかい気候が影響し、本州よりも茶摘みの時期が少し早いのだそうです。

「よう来ましたね。どうぞ何でも見て行ってください。うちは家族だけで細々とやってる小さい工場だけど」と話すのは、代表の前鶴さん。釜炒り茶づくり一筋のベテラン職人です。
鹿児島弁のイントネーションで小気味よく話す彼の印象は、とても明るく親しみやすい人。前鶴さんのおじいさんの代からはじまり、約80年茶業を続けてきていること、創業以来ずっと釜炒り茶づくりの製造を続けていること……私たちにいろいろなことを教えてくれます。
日本でよく飲まれている煎茶は、茶葉を「蒸す」ことでつくられていますが、釜炒り茶は蒸さずに「炒る」という工程を取り入れてつくられるお茶のことを言います。お話を聞きながら、釜炒り茶をつくる工場も見学させていただきました。

「釜に茶葉を入れて、その下から火を焚いて炒るんです。蒸してつくる煎茶に比べて、釜炒り茶は香ばしい風味に仕上がりますね。ただ、煎茶に比べると一度に製造できる量が非常に少ないんですよ。生産効率の悪さもあってか、釜炒り茶をつくっているのは鹿児島県内ではもううちだけ。宮崎県や熊本県などでいくつか続けている茶農家さんもありますが、全国的に見ればかなり少ないですね」と、前鶴さん。
そのような中、彼はどうして釜炒り茶をつくり続けているのでしょうか。
「私はもう、生まれたときから釜炒り茶しか飲んでいないですからね。小さい頃なんか、この香ばしいお茶が一般的だと思っていたぐらい。ある程度大きくなって、家業として意識して周りを見るようになってようやく“あれ!?うちって変わってるの!?”って気づいたんですよ。でも私はあまのじゃくなので、人と違うことをやるのがちょうどいいのかな〜って」と、陽気に話す前鶴さん。

今でこそ貴重だとされる釜炒り茶ですが、鹿児島ではもともと、家の庭でとれた茶葉を自分たちで炒ってお茶にしていたそう。「お家で飲めるお茶」という、非常に身近な存在だったのです。
その名残か、この辺りでは庭に茶の木があるご家庭がとても多いのだとか。毎年お茶の季節になると「庭でとれた茶葉を持ってきたんで炒ってください」と、地域のみなさんが茶葉を袋に詰めて持ってくるのだと、前鶴さんは言います。
「茶葉を1kgだけ詰めて持ってくる人もいますよ。釜炒りすると200gぐらいになっちゃうんですけど、“親戚が集まるから釜炒り茶を飲ませてやるんだ”とか言ってね。“やっぱり釜炒り茶はおいしい”や“また来年も持ってくるね”と言ってくれる人の顔を見ると、続けなきゃいけないなという気持ちになるんです」
そんな想いで、釜炒り茶をつくり続ける前鶴さん。茶葉を萎凋(いちょう)してから釜炒りしたりと、手間暇をかけて、独特の香ばしさを生み出しています。

「今はもう一番茶の製造も終わって、機械はほとんど動いてないんだけどね」と、見せてくれた釜炒り専用の機械。

「この機械に茶葉を入れて火を焚くんです。こいつは私が生まれたときぐらいに製造されたんじゃないかな。この機械はもう生産されていないので、修理に出すことも、新しく買い直すこともできないんですよ。自分たちで修理しながら使い続けています」
恐らく、全国でもうここにしか存在していないという機械はとても丁寧に掃除された痕跡があり、長く、大切に使われていることが伝わってきます。

釜炒り茶は、食事中にガボガボと!
揚げ物などと一緒に。

茶葉は、基本的には茶農園の方が問屋に卸し、そこから各メーカーのもとへと渡っていきます。
メーカーと茶農家の方が直接出会うことは稀ですが、「新しいことに挑戦したい」という人や企業が、前鶴さんのもとを直接訪れることが定期的にあるんだそう。

「お茶を使って新しいことがやりたいという人から、直接話を持ちかけられることは少なくないですね。うちは家族だけでやっている分、いろいろ小回りがきくんですよ。要望をもらったときはなるべく“何に使うの?”と聞くようにしています。私としても、せっかく手間暇かけて育てたお茶が、ブレンド茶の一部になってしまうのは忍びないから。シングルオリジンのお茶になるとか、新しいお茶の取り組みに使われた方が嬉しいなと思います」
「うちは家族だけでやっているから」と繰り返す前鶴さんですが、実はその規模感が、おもしろいビジネスを生み出すきっかけにもなっていたのです。
その一例として教えてくれたのが、地元の洋菓子屋さんが釜茶房まえづるの釜炒り茶を使ってつくったコラボスイーツ。
「抹茶はお菓子づくりによく使われますが、加工すると茶葉の色が抜けてしまうという欠点があります。でも、釜炒り茶は一度茶葉に火を通しているからか、加工してもあんまり色が変わらないんですよね。茶葉本来の味や風味をそのままお菓子に取り入れることができるんですよ」
でも前鶴さんいわく、釜炒り茶を飲むのにいちばん相性がいいのは、スイーツよりも「毎日のお食事」。 「釜炒り茶は昔からご家庭で飲まれているお茶ですし、上品に飲むというよりはご飯を食べるときにガボガボ飲んでもらえたらいいなと思います。天ぷらとか、脂っこいものを食べたときにガーッと飲むと、サッパリしますよ」

新緑の茶葉が急須で舞い、黄金色のお茶に。
香ばしい風味は、後味スッキリ。

工場を見せてもらったあとは、おじいさんの代から続いている茶葉の販売店舗へ。趣のある店内では、たくさんのお茶が販売されています。

壁に掲げられている数々の賞状を見るとそれだけで、おじいさんの代からずっと、真摯に茶業を続けられてきたことが伝わってきます。
「うちでつくった一番茶、ぜひ飲んでいってください」と、前鶴さんの奥さんが淹れてくれた釜炒り茶。湯飲みを手に取り、顔に近づけた瞬間から茶葉の香ばしさが伝わってきます。

釜炒り茶を淹れるコツを聞いてみると、「煎茶を淹れるときよりも高め温度で淹れるのがいいですね」と、教えてくれました。
「釜炒り茶は、茶葉の色は緑なのに、水色(すいしょく)は黄金のように鮮やかな黄色なるんですよ。ほら」

急須にお湯を入れ、茶葉がくるくると回るのをゆっくりと眺める……それは、お茶の風味を引き立てる大切な時間。手軽に飲めるティーバッグもいいですが、茶葉から丁寧に淹れることで味が引き立つということを、奥さんの淹れてくれたお茶を飲んで改めて実感します。
「うちはネットでも茶葉を販売していますが、ネットはやっぱり県外のお客さまが多いですね。鹿児島出身で、懐かしい味を求めてネットで買われるお客さまも結構います。若い人にも飲んでもらいたくて、パッケージのデザインもなるべくかわいいものにしようと意識していて」と、奥さん。

何と奥さんは、お茶のパッケージデザインの企画も考案しているそう。「若い人や女性にも飲んでもらいやすいようなデザインにしたいなと思って」という想いがこもったパッケージ。丸に十文字のデザインは、鹿児島市のマークでもある島津家の家紋。鹿児島をイメージさせながらも、老若男女問わず親しみやすいデザインになっています。
若い人にも飲んでもらいたい。そう話す前鶴さんたちにとって、「ALL GREEN」のような新しい挑戦はどう感じるのでしょうか。
「すごくいいと思います!スティック状なら持ち歩けていいですよね。お弁当と一緒に入れたりもできますし。茶葉をまるごと吸収できるのもいいですね」

ポリポリそのまま食べられるほど、
香ばしい旨みが特徴の釜炒り茶葉。

「そうそう、うちの長女はね、小さい頃は釜炒り茶の葉をよくつまんでお菓子みたいに食べていましたよ。炒ることで茶葉の食感がポリポリするのが気に入ったみたいで。それも、高いお茶ばかりひょいひょい食べて(笑)。どうぞ、良かったらみなさんも食べてみてください。一度にたくさん食べると苦いので、ひとさじぐらいつまんで」

言われた通りに茶葉を指でつまんで口に入れ、そのままダイレクトに噛んでみると……確かに、クセになる歯ごたえ。ポリポリと噛むごとに、茶葉の風味が口の中に広がります。苦みは多少あるものの、不思議と食べやすいのは、釜炒りのおかげでしょうか。

「玄米茶のお米は私や下の子たちも食べていましたが、茶葉をそのままポリポリ食べていたのは長女だけでしたね」と、前鶴さん。
「その影響かはまったくわかりませんが、何故か長女だけは他の兄弟と比べて病気をしなかったんですよね」と、奥さん。
そんな体験があるからか、「茶葉をまるごと吸収できるなんていいですよね」と、ご夫婦おふたりとも「ALL GREEN」の取り組みにとても興味を示してくれていました。

「おいしい」の一言を求めて。
釜炒り茶の文化をこれからも継承していく。

「お茶づくりはおもしろいですよ。何か新しいことを試してみると、お茶がすぐに反応してくれる。それが楽しいですね。それから、コロナ禍の影響でここ最近は頻度も減っていたんですが、地域のイベントなどに出店したりすると、買いに来てくれたみなさんの反応が直接見られるんですよ。“おいしい〜”って飲んでくれる瞬間。それを見られるのが、いちばん嬉しいですね。そのためにやっているようなもんです」
お茶づくりこそ生業だと実感している前鶴さんに、これから挑戦してみたいことを聞いてみると……
「いろんなことをやってみたいですね。将来的に、お茶を“五色”つくれないかと思っていて。緑色の緑茶があって、茶色の紅茶があって、プーアール茶は黒茶と呼ばれたりするし、白茶と呼ばれる中国のお茶もあります。そこに、あと一色。新しい色のお茶をつくれたらいいなと思っているんですよ」と、返ってきました。
軽やかに、前向きに。新しい挑戦を繰り返す前鶴さんのお茶づくりの姿勢は、生き方のお手本にしたくなるほどでした。